ふざけてんのか本気なのか

リンさんの小さな子

「泣きたい!10年分!いや、一生分泣きた〜い!」なんて方にはお勧めしませんが、『世界の中心で、愛をさけぶ』『いま、会いにゆきます』などの話題の感動作に鼻白み、製作者の意図を推測し、「けっ、こんな安い話で泣けるかよ」などとつっこみを入れずにいられない心がぱさっぱさに乾いている、けれど可愛げのない自分がちょっと寂しく、そして疲れている。そんな方が居ましたら、「まあ、これでも読んでから寝れば?」と勧めたい一冊があるって言われても、心が乾いた方には中々伝わらないと思います。

 さて、『リンさんの小さな子』は、幼い孫娘のために愛する故国を捨て、見知らぬ言葉も分からない土地に年老いてから亡命をし、孤独と郷愁の思いに日々向き合いながらも孫娘のために懸命に生きようとする老人男性リンさんの物語です。
 リンさんは自分一人だったら死ぬまで故国にいようと思っていましたが、戦争の絶えない故国に赤ん坊の孫娘をいさせてはいけないと村の土を包んだ布と少量の古着を旅行鞄に詰め、故国を出たのです。そして、言葉の通じない国で出会った一人の男性と友情を育み徐々に新しい環境で生きていく気力を持つようになっていくのですが……。

 と、あらすじを読むと、戦争・難民・老人・孫と泣かせるアイテム満載で、さっそく「戦争ものですか…」と鼻白まれたかと思います。泣けない条件がなさ過ぎて、作者の計算でではないのか、見たいものだけ見させられているのではないかと、警戒心を持つかもしれません。さらに心和むエピソードが細かく盛り込まれていて、とってもハートウォーミングと悲しいだけじゃない最強タッグなのですが……。しかし、泣けることは泣けるのですが、これはボケた老人のボケっぷりに萌える“老人萌え萌え小説”なのがミソです。
 きっと舞台設定が戦争や難民といったいわゆる悲劇の設定ではなかったら、それはハッピーな老人の毎日を描いた小説になったと思います。想像してみて下さい。見知らぬ街で道に迷うのがこわいので、同じ道をただひたすら真っ直ぐに進めば帰ってこれると歩いている通りは、実は円形の通りで同じ場所をぐるぐる回っていることに気づかない。けれど、「あぁ、歩くって気持ち良いなぁ〜」と新しい喜びを発見している老人の図。また、暖かい国から寒い国に来たので、外出するときには支給された毛糸の衣類を全て着込み、もちろん孫娘にもあるだけ服を着込ませた姿で街を歩き、ある時ふと着込み過ぎて毛糸の大きな塊になった自分の服装をみて「きっと子供たちは老人に変装した悪霊だと思っているのだろう」と思い楽しい気持ちになている老人の図。ほら、なんだか可愛らしい老人の図が思い浮かんだかと思います。そんな老人の日々を描写した小説があったら、まさに“老人萌え”の小説なのですが、この小説は、孫娘の両親は爆弾で死んでいるし、リンさんは故国の村が破壊されていくのを思い出しては悲しく思っているのです。そして、無口でまったく泣かない赤ん坊の孫娘には秘密があり、その秘密に気づくと孫娘のために頑張る老人に対する萌えにせつなさがプラスされるのです。

 “泣ける名作”と勧められたら、「別に泣きたくないし……」と断られるかもしれませんが、“老人萌え〜の上せつない小説”と勧められれば、寝る前にこそっと読んでもいいかなくらいは興味を惹いていただけるかなと思います。

 また、作者のフィリップ・クローデルは、複雑な言葉遊びを駆使した小説の『灰色の塊』がフランスでベストセラーなった人気作家で、『リンさんの小さな子』は、養女のために書いた小説でもあるそうなのでシンプルな文体で書かれており、さらっと読むことができます。


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書評講座に提出した課題。
トヨザキ社長には「0点って思ったけど妙におかしいから1点」と1点(3点満点)を頂き、大森望さんには「萌えって違う視点が出てたから」と2点頂きました。わっしょい!